以前の”池上本門寺” 散策以来 “勝 海舟” が晩年を過ごしたという “洗足池” 周辺が気になっていました

 

この池の前を走る “中原街道” は何度となく車で通ったことはあったのですが なぜか “洗足池” はゆっくり見たことは無かったですね・・・

散策 は池上線の “洗足池駅” からスタートします・・・

“中原街道” をはさんですぐ ま向かいに “洗足池” はあるんですね・・・

休憩所二階の展望所からは ゆったりと佇む “洗足池” を眺めることができます・・・

浮世絵師 “歌川広重” も描く 美しく落ち着く場所・・・

“西郷隆盛” 率いる “新政府軍” が本陣をおいた “池上本門寺” そばの “松濤園” で “江戸城無血開城” の会談に臨む前 “勝 海舟” はこの景色を見てひと時の安らぎを感じていたんでしょうね・・・

“洗足池” は一周で約1.2kmほどとのこと・・・左回りで一周することにします・・・

平家物語に登場する “源 頼朝” の愛馬の名前が付いた “池月(いけづき)橋”・・・

“三連太鼓” がオシャレな橋です・・・

橋を渡った先にある “千束八幡(せんぞくはちまん)神社” は 貞観2年(860)に宇佐八幡宮からの分霊として創建され “源 頼朝” がここで旗を挙げたという “旗挙げ八幡” や 名馬 “池月(いけづき)” の伝説も伝わる 歴史ある神社です・・・

池の最奥部 “弁天島” 周辺からの風景・・・春は “桜” 秋は美しい”紅葉” が楽しめるそうです・・・

ほぼ一周した辺りに鎮座しているのが 竹林の美しい “御松庵 妙福寺”・・・

寺の奥には “日蓮聖人” が身延山から常陸国(茨城県)に向かう途中に “足” を洗う際に “袈裟を掛けた”と伝わる “袈裟懸松(けさかけのまつ)” があります・・・

この “松” は “三代目” だそうで地名の “千束” から池の名が “洗足” になった由来だそうですね・・・

さて すこし戻って “勝 海舟” 先生のお墓をお参りすることに・・・

“江戸無血開城” を達成した “勝 海舟” 先生はこの地をこよなく愛したそうで 明治後期にはこの地に別荘 “洗足軒”を構え また自身の “埋葬の地” と定めたそうです・・・

“海舟” 先生と 奥様 “民子(たみこ)” さんのお墓が並んでいますが “海舟” 先生は仕事は成し遂げた反面 女性関係に乱れがあったそうで 奥様は同じ墓に入ることを嫌がったそうで 赤坂墓地にあった “民子” さんの墓を 晩年に親族がこの地に移したそう・・・

墓石の “海舟” の文字は ともに “江戸無血開城” を成し遂げた “徳川慶喜” による字だそうですね・・・

そして 同じ敷地の隅には おなじく “江戸無血開城” を成し遂げたのち “西南戦争”で死した “西郷隆盛(南洲)” を悼み 明治12年に南葛飾郡木下川に “海舟”が建立した “石碑” が移築されています・・・

こちらは大田区立 “勝海舟記念館”・・・

“海舟” 没後の “墓所” や別荘の “洗足軒” “海舟に関する資料” の保存を目的に昭和8年に開館した “旧清明文庫” がリニューアルされて記念館となっています・・・

 

館内にはパネルやビデオで “勝 海舟” 先生が歩んだ奇跡が展示されています・・・

ビデオでは “勝”海舟の談話録” “氷川清話”が流れていて 悩みや 成し遂げるための策 は “いつの時代も同じ” だということなんです・・・

さて “記念館” 訪問のお土産は・・・

“海舟” 先生の “手さげ袋” と “無血絆創膏”・・・

記念館もゆっくり見ていたのでお昼を過ぎてしまいました・・・

この日の昼食は こじんまりした “洗足駅商店街” にある 東銀座から移転してきたという “カフェ634(むさし)” さんで・・・

シンプルで温かみのある店内でランチの “サバサンド” と ハムサンド に美味しい”コーヒー” (ビール?)を食べました・・・

午後は “伊藤博文” 先生の奇跡を探しに “西大井” へ移動します・・・